2016年7月8日金曜日

海外でのビジネスに欠かせないこと

僕は去年から、横浜市立大学の芦澤ゼミの皆さまと懇意にさせていただいている。

このゼミではゼミ生に海外起業を体験させるという、実に面白い試みに取り組んでいる。具体的にどんなことをしているかというと、フィリピンで開催されるお祭に毎年飲食店を出店し、キチンと利益を出しているのだ。

当然のことながら行き当たりばったりでこれは成立しない。まずは先発隊が出かけて下見をし、宿や出店先を確保する。そして現地人スタッフを確保して共同作業できる体制を作る。日が近づいたら必要な物資を運んだり、あるいは現地で調達したりする。実際にその活動を目の当たりにすると、彼らの行動力に感心させられるし、また、社会人になってもなかなかやれないことをこの若さですでに体験できることに対して、ある種の羨ましささえ感じる。またこれを指導する芦澤先生の力量にも感心させられる。

「協業」はどうすれば成立するのか?

そしてつい先日お呼ばれして、彼らのディスカッションに参加させてもらう機会に恵まれた。

テーマは「協業」だった。

彼らは昨年、かなりの売り上げを立てることに成功した。ところが、みんなの気分が高揚した最終日の打ち上げ日に、一人の現地人スタッフが泣き出してしまったという。

出店中忙しくなるとついつい日本人だけで作業してしまい、現地スタッフがなんとなく置いてきぼりになってしまったという。別に悪気はあったわけではないが、とっさに英語が出ないため、どうしても目の前にいる日本人に声をかけてしまったそうだ。これはとてもよくわかる。海外の日系企業でも同じような状況をよく耳にする。

ゼミ生たちはこの体験を真摯に受け止め、日本人、現地人の双方がお互いを尊重し、助け合える環境を構築したいとディスカッションを重ねてきた、ということだった。

異なる文化圏の人たちと仕事をする上で大切なこと

ディスカッションを重ねる中で導き出された彼らなりの解答、それは「思いやり」「信頼関係」あるいは「お互いを尊重」といったような言葉だった。

でも、これらはなんか違う。

異なった文化圏の人々と協業するというのは容易なことではない。壁はいくつもある。言葉の壁。お互いの価値観の違い。期限を守ることへの感覚も異なれば、お金に対する価値観も違う。業種によっては味覚とか衛生観念の違いなども大きな障壁となりうるだろう。自分の当たり前は決して相手の当たり前ではない。「こんなの常識だろ!」と口から唾を飛ばしてわめいたって、自分の常識が相手の国ではとんでもない非常識かもしれないのだ。

そんな環境で僕が心がけてきたことは一つしかない。

それは「ゴールを明確化する」ということに尽きる。

僕がフィリピンで経営する語学学校ブライチャーでは、ことあるごとに「俺たちは最善、最良の語学学校を創るんだ」とスタッフに言い聞かせている。

あるいはもっと噛み砕いて「最良の学びの場を提供する。考えうる限りもっとも優れたカリキュラムを用意する。最高の講師陣を揃え、常にトレーニングする。勉強しやすい教室を用意する。勉強に集中しやすいよう、整った住環境を用意する。それらを常々進化させていく。」と、手を替え品を替えなんども何度も説明するようにしている。

すると、みんなが真剣に動き出す。他の語学学校ではフィリピン人講師の遅刻や無断欠勤で悩むというが、そうした悩みは僕らにはない。いい加減な奴には居心地の悪い環境が出来上がっているから、そういう奴らは勝手に辞めていってくれる。講師たちから新しいカリキュラムの提案が出てくる。リーダーシップを取れる人が頭角を現してくる。そうしたら後は適材適所で人組みをすればいい。そんないい循環が育ちつつある。



しかし、ゴールが明確でないと組織がバラバラになってしまう。日本人同士でも同じことだが、異文化圏だと尚更なのだ。些細なことが人種や宗教間での争いに発展したり、熾烈な社内政治を引き起こしたりする。

おそらく、このゼミのメンバーたちがすべきことは、とりあえず2つしかない。ひとつはこの「ゴールを明確化する」ということだ。そしてもうひとつは、今回のプロジェクトに必要な分だけでいいから、とりあえず英語で意思の疎通がスムーズにできるようになるということだろう。それ以上でも以下でもない。

では「思いやり」は不要なのか?

では「思いやり」や「信頼関係」や「お互いを尊重すること」は不要なのだろうか?

もちろんそんなことはない。でもそれは多分、前面に出して言うことではないはずなのだ。

そんなことを考えて折、ちょっとした事件があった。

その日セブ島は集中豪雨に襲われ、冠水で交通が麻痺状態に陥っていた。どこにも行けなくなった僕らは、モール内のレストランで食事をすることにした。こうしてある日本人の友人と食事をしていると、その友人が突如倒れてしまったのだ。

ちょうどその時刻、ブライチャーの講師たちは他のレストランで食事会をしていた。悪いと思ったが看護資格を持つものを呼び出すと、自分の食事を投げ出して文字通り走ってきてくれた。数分以内に医者が手配された。救急車を呼んでいたら間に合わないと、土砂降りの中、医師のマイカーで友人を搬送した。僕らが待合室で待っていると、学校の講師が2名が、僕らの荷物を手にしてやってきてくれた。友人はやがて意識を取り戻し、僕らは病院を後にした。



食事にありついた頃には11時を回っていたが、みんな嫌な顔一つせず付き合ってくれた。深夜のマクドナルドは、冠水で帰れなくなった人でごった返していて、食事にありついたのは12時近かった。やがて食事が終わると、そのうちの1人がバイクで僕を家まで送ってくれた。小雨の降りしきる中、冠水を避けて裏道を走り抜けた。雨のしぶきや、髪の中を通り抜けていく風が気持ちよかった。バイクの後部座席で風を受けながら、僕はふとゼミでのディスカッションを思い出した。

「『思いやり』って、多分わざわざ言葉にすることなんかじゃなくて、もっとさりげないことだと思うよ」

僕はディスカッションの最中にそんなことを言ったのだが、その時にはうまく説明できなかった。次にゼミ生らに会うことがあったら、今日の話をしてあげたいな。雨に濡れながらそんなことを考えた。


本気だからこそ生まれる関係

彼らフィリピン人講師たちは、普段僕に叱られたり、檄を飛ばされたりして散々な目に遭っている。僕はいつだって超本気だし、彼らにも本気で仕事に取り組んで欲しい。だからつい厳しいことも言ってしまう。

でもいつも本気で関わっているからこそ、信頼しあえる仲間同士になっていけるのだ。わざわざスローガンに掲げなくたって、自然と相手を尊重する気持ちが湧いてくる。そして何か起きた時にはさりげなくお互いを思いやれる関係が、いつの間にが出来上がっている。でも、それぞれが嫌な気持ちになることを恐れてぶつかり合うことを避けてばかりいたら、こんな関係はきっとできはしないだろう。

ゼミ生のみなさんがフィリピンでの出店を通じて得られる体験は、生涯の宝なのだ。だからこと、キレイな言葉を並べて満足せずに、ぜひ本気でぶつかり合って欲しいと思う。そこから、一生続いていく友人関係が生まれ得るのだと思う。

では今年の出店の成功を祈っています。本番まであと1ヶ月。ガンバレ!




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