2017年4月8日土曜日

すべてのことがかなりテキトーだった昭和の頃のお話

僕らが通っていた小学校の裏は、宝の山だった。

そこは大きな空き地になって藪が生い茂っていたため、捨て場に困る産業廃棄物が頻繁に不法投棄されていた。何か工業製品の部品などがトラック1杯分ぐらいなんの前触れもなく捨てられるのだ。子供達はそれらを物色し、それで何かを作ったりしていた。大体はなんの役にも立たないものが捨ててあるのだが、時折ちょっと武器になりそうなシッカリした棒とか、尖ったものとかが捨てられているのだ。今考えてみれば滅茶苦茶な話だが、大人たちも別に気に留めるふうでもなかったし、そこに行くなと注意されたこともなかった。僕らは普段、その藪の中に深入りすることはなかった。一応ところどころに鉄条網を張り巡らせた柵があり、ちょっと入りづらかったからだ。それに、生い茂ったススキの葉っぱで肌が切れるのも嫌だった。

僕らはガキ大将Mくんに率いられるグループだった。運動神経抜群でイケメンのGくん、ちょっと足が悪くていつも足を引きずっている秀才のHくん、時々面白いことをポロリというUくん、かなり愚鈍でいつも股間を揉んでいるちょっと微妙にキモいCくん、そして僕の6年生の5人によって構成されている。Mくんは人望が厚く、分け隔てしないからみんなが一緒に行動したがった。誰が来ても除け者にせずにその日の遊びに入れてあげる、どうにもオトコ気にあふれる小学生だったのだ。

ある日のこと、退屈しきった僕らはこの藪の中深くへと入っていった。そして、そこにコンテナが捨ててあるのを見つけた。そう。貨物船に積荷を乗せる時に使うコンテナだ。今までも随分と色々なものが捨ててあったけど、こんな大物は初めてだった。その日からそこは僕らの秘密基地になった。僕らは家から色々と持っていっては、そこをより過ごしやすくしようと改造を重ねた。

ある日学校の後に秘密基地へと連れ立って行ってみると、なんとコンテナが丸ごと無くなっていた。おそらく子供らがそこに頻繁に出入りするのを大人たちが見て、対策を講じたのだろう。僕らはあまりのことに言葉を失い、その日を境にこの空き地へは来なくなった。

新たな宝

やがて夏が終わり秋が来て、緑だった空き地が茶色い原っぱへと変わる頃、僕らは再び退屈しのぎにこの空き地へとやって来た。コンテナみたいな大物は見つからなかった。しかし、だ。代わりにとんでもないものを見つけた。

それはエロ本の山だった。少なくとも50冊はあったと思う。雨風に当たって風化しているものもあったが、まだ捨てたばかりらしい真新しいものもあった。僕らはエロ本の山を取り囲んでしゃがみこむと、黙りこくったまま1ページずつめくっていった。時折生唾を吞み込む音が響き渡る。誰かがページをめくると「おい、そんなに早くめくるなよ!」と怒鳴る奴がいたりして、今思い出しても思わず笑ってしまう。

捨てたのは誰なのか?

1時間ぐらいは見てただろうか? 誰かが「一体誰がこんなところに捨てたんだろう?」がポツリと呟いた。

「僕だよ!」

藪から棒にCくんが言い放った。いつもなんとなくピントが外れている彼は、この時も自分の言ったことの重大さに気がついていないようだった。

みんな口早に質問した。

「お父さんに頼まれて、時々ここに捨てに来る。」Cくんの要領を得ない話を総合してわかったのはそういうことだった。

Cくんのお父さんは僕らの家のすぐ前を通る路線バスの運転手さんをしていた。朴訥としたおじさんで、僕ら子供の中ではなんとなく人気があった。あのおじさんがこれらのエロ本を夜な夜な見ており、しかも自分の子供に捨てに行かせているという事実がどうも上手く頭の中で整理できず、僕らは黙りこくってしまった。

子供にエロ本を捨てさせに行くところだけ考えると、Cくんの親御さんははとんでもないDQN親に違いないと思ってしまう。しかし、僕らが知るCくんのお父さんは実に温厚そうだった。それから近所のお肉屋さんで働く太ったお母さんは、僕がお使いに行くといつも少しオマケをしてくれる、笑顔がなかなか素敵な肝っ玉母さんだったのだ。

6年3組エロ本騒動

しばらく沈黙が続いた後、ガキ大将のMくんが厳かな声でこう告げた。

「Cくん、今度お父さんに頼まれたら、ここに捨てないで学校に持って来るんだ。これは男同士の約束だ。わかったね。」

Cくんは憧れのMくんに直々に重大な任務を言い渡され、ガッテン承知とばかり頷いた。

それから1ヶ月ほどの後のこと。

CくんはMくんの言いつけを守り、エロ本を学校へと持って来たのだ。

6年3組は騒然とした。

男子という男子がエロ本へと群がったので、またもやMくんが統率力を発揮して列を作らせた。そして気がつくとその列は恐ろしく伸びていて、多分80人ぐらいは並んでいた。おそらくだけど、6年生の男子の8割くらいが並んでいたのではないだろうか? 女子たちが「男子たちがやらしい本を見てますぅ〜〜」とチクったので、すぐに取り上げられてしまい、エロ本騒動は1時間足らずで幕を閉じた。きっとエロ本を見れたのは、せいぜい最初の20人くらいだったろう。そしてこの騒動に懲りたのか、Cくんが学校にエロ本を持って来ること二度となかった。

今だったらこれ、きっとかなりの大騒ぎになっただろう。でも、時は昭和だった。何しろバス停の目の前に堂々と日活ロマンポルノのポスターが貼られているような時代だったから、誰も目くじらを立てたりしなかったらしい。Cくんの親御さんが学校に呼ばれたという話も聞くことはなかった。

その後

その後、Cくんは偏差値36くらいの底辺高校に進学し、卒業後すぐに奥さんをもらって、子供を3人設けた。地元でずっと少年野球の指導をしている。奥さんは感じのいい人で、僕を見かけるとぺこりと頭を下げ、いつもニコニコしている。Cくんの仕事がなんだかは知らない。一家で地元の市営団地に住んで、けっこうハッピーに暮らしているみたいだ。

ガキ大将のMくんはその後も統率力を発揮し続けた。中学でも高校でも野球部のキャプテンでみんなの憧れの的だった。そして高校3年の夏まで部活一色だったのに、現役で東大への進学を果たした。Mくんは地元を離れていった。今ではどこかの銀行でものすごく偉くなっていると聞く。

GくんとHくんは途中で引っ越してしまって今どうなっているのかわからない。Uくんは割合よく知られた会社のサラリーマンになっている。

なんでももっとテキトーでも大丈夫じゃないかな?

まだテレビゲームもインターネットも何もなかったけど、そこには確かに面白い毎日があった。昭和の方がよかっただなんていうつもりもない。公害や交通事故死亡率の高さは大きな社会問題った。産業廃棄物が頻繁に小学校の裏に不法投棄されるのも、まったくどうかと思う。でも、それはそれでけっこう楽しかった。親や学校が寄ってたかって先回りしなくても、僕たちはちゃんと面白いことを見つけて時間を過ごし、それなりに大人になっていったのだ。

多分なんだけど、すべてのことはもっとずっとテキトーでも大丈夫なのだ。みんなもっと手抜きをしていい。それでも僕たちはけっこう逞しく生きていけるし、それほど困るわけでもなければ、退屈するわけでもない。

もっと肩の力を抜いて、生きてもいいんじゃないかな? 



以上はなんでもテキトーなフィリピンで暮らしていて、思ったことでした。

さて、最近フィリピンで遭遇した冠水の様子です。これでもみんな楽しそうに生きてるんだよねえ……。


こちら野良ヤギ。なんと片側二車線のメジャーな大通りで、呑気に草食ってます。

それではまた!



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