2016年12月13日火曜日

人間が人間らしく振る舞うには、お金が必要です

フィリピンでビジネスを始めて、骨身にしみて実感したことがある。

それは、「人間が人間らしく生きるためには、衣食住がきちんと満たされており、なおかつ安全が担保されている必要がある」と言う当たり前の事実だ。

マズローの五段階欲求説というものがある。




この説によると、「社会貢献する」とか「創造性を発揮する」などと言った自己実現欲求は、それよりも下位に来る欲求が満たされて、初めて実現できるというのだ。 「そんなことはない!二宮金次郎や野口英世を見ろ!極貧の家庭で育ったのに世の中を変えたじゃないか!」と思う人もいるだろう。確かに例外は現実に存在するが、滅多にいないからもてはやされるわけで、残念ながら大半の普通の人々は、やっぱり「貧すれば鈍する」なのだ。 別にそんな特別に極貧の家庭で育たなくても、例えばインフルエンザにかかったり、忙しすぎて1、2食抜いただけだって集中力が下がってしまう。あるいは空港や駅で財布をすられただけで、絶望的な気分になり、周囲の人がスリに見えてしまう。安全な社会や住居がなければ、他人を信用したり、尊重したりすることなどできないのだ。

フィリピンの場合


僕が今事業をしているフィリピンでは、多くの人がまだこの一番下のレイヤーの「生理的欲求」、あるいはその次の「安全欲求」のレベルで止まっている。もちろん自己実現欲求に達している人もいるが、それはほんの一握りの階層に過ぎない。

むろん、誰だって下位レベルから抜け出したい。ところが、親が子の足を引っ張ったりするので、なかなか思うようにならないようだ。例えば子供が一流大学を出ていい仕事に就いたとする。すると、親兄弟が子供の収入を当てにしてタカリ出すのだ。だから、子はいつになっても豊かになれない。傾いたあばら家に住み、親兄弟を養っていく以外に選択肢がないのだ。子供は貴重な金づるだから、稼げるようになってもおいそれと独立などさせはしない。

するとどういうことが起きるだろうか? 子の方だって未来が描けないから、享楽的、刹那的になり、目の前の出来事に一喜一憂するようになる。もちろん貯金なんてしないし、職場でちょっと嫌なことがあれば転職してしまう。日本人から見ると「なんて短絡的なんだろう!」となるが、目の前の現実が物理的なレベルで止まっているので、恩義も忠誠も我慢もクソもないのだ。そうしたことは、下の方のレイヤーがキチンと満たされて、初めて思い至ることなのろう。

こんなことを書くと、上から目線だとと思うかもしれない。だが、かの地では第2段階の安全欲求を満たすことさえもかなりの努力やお金を要する。インフラ整備も著しく遅れている。道にはほとんど信号がないから、片側3車線の道だって命がけで横切らなければならないし、排気ガス規制なんて無いも同然なので、モクモクするような空気の中を歩かなければならない。ちょっと大雨が降るとあっという間に道路が冠水し、交通マヒに陥ってしまう。公衆衛生も著しく遅れいて、簡単に下痢や食中毒になりやすい。さっさと医者に行けばいいのだが、大半の人が健康保険に加入していないのだ。

また、ネットがあってもオンライン・ショッピングが成立しない。インフラが遅れすぎているのと、配達人が荷物を盗んだりするので商売が成立しないのだろう。アマゾンさえ上陸していない。スリなどの軽犯罪も日常茶飯事だ。僕自身もスリにあったことがあるが、先進国と同じような感覚でいると、格好の餌食にされてしまう。だから常に神経を張り詰めていなければならず、無駄に疲れてしまう。仕方がないことだが、こういう環境で創造的なことに回すエネルギーを捻出するのは、どうしてなかなか骨が折れる。

そう。清貧なんていうのは基本的に絵空事なのだ。あまりに貧しいと善悪なんて言ってられない。スリにだって生活があるのだ。「ああ無情」のジャン・ヴァルジャンではないのだが、明日の食費に困っている人に、「盗んではいけないよ」などと説教しても効果など期待できない。

「自己実現」は金がかかる


時折アメリカや日本に戻ると心底ホッとする。何も考えずに安全を享受できるのはいったいどれほど有難いことなのだろうか? たまたま先進国に生まれた僕らは、衣食住や安全を当たり前のこととして受け入れていて、自分たちがどれほど恵まれた状況にいるのか、考えることさえない。

言わずもがなだが、交通網、上水道、下水道、配電、ネットなどといった先進国の整ったインフラの構築とそのメンテには莫大なお金がかかっている。警察、消防、教育、郵便、医療、年金などと言った様々な制度も同じことで、お金がなければ何一つ成立しない。

そう。マズローの自己実現欲求のレベルに達するには、お金がかかるのだ。

もしも社会全体がこうしたインフラや制度にかかるお金を負担しなくなったら、豊かの人だけが集まって警備員を雇い、柵に囲まれた彼らだけの世界で暮らすようになるだろう。安全や教育や医療が一部の人だけの特権になっていくのだ。一方お金がない方は、明日の食事の心配をするのが精一杯になり、道徳なんて二の次になる。フィリピンをはじめとする多くの国が、実際にこのような状況にあるのだ。

だから、僕らはシッカリとお金を稼ぎ、税金を払い、それが有効に使われるよう、政治を監視し、問題があれば声をあげていかなければいけない。別にお金がなくたっていいじゃないか?などというのは、たまたま先進国に生まれたから言える戯言なのだ。

人間が人間らしく生きていくには、お金が必要なのだ。

シッカリと稼ぎ、賢く使う。

豊かな社会を創るということは、そういうことだろう。





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1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

正論過ぎる