グレッグ(仮名)は派遣社員として、とあるフルーツのロゴの会社で働いていた。
グレッグは驚くほど仕事ができた。
コードもバリバリ書けるし、レポートもしっかりしている。面倒見がよくて人望も厚い。
やっと二十歳過ぎの高卒とは思えなかった。
彼の上司は彼を正社員として雇うことにした。
グレッグは大喜びだった。
ところがグレッグの正社員昇格はあえなく潰えてしまった。
グレッグには少年時代の犯罪歴があったのだ。
18歳未満で犯した犯罪は5年間記録に残ってしまう。
グレッグは正社員になれないばかりか、派遣社員の立場さえをも追われてしまった。
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グレッグは中学生の頃、事故で父親を亡くしてしまった。
お父さん子だった彼はあっという間にグレ始め、タバコ、薬、暴力事件をエスカレートし、やがて警察から逃げようとした挙げ句、車を大破させて御用となった。
それが17歳の時。
腹を立てた母親は身元引受人になることを拒み、グレッグは留置所で1週間を過ごした。
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そんな彼を変えたもの。それは父親の形見のジッポライターだった。
あるときスノーボードに行ったグレッグは、リフトの上で一服しようと、タバコをくわえ、ライターで火をつけようとした。ところが
ポトリ
とライターが彼の手から、遥か下の雪面へ落ちていった。
グレッグはリフトを降りると慌ててライターを落としたところに戻り、ライターを捜し始めた。
2メートル以上もの新雪が積もったばかりのスキー場。
そこでグレッグは日が暮れるまで雪を掘ってライターを捜した。
が、そのジッポライターは遂に見つからなかった。
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「死んだ父親にさえ見捨てられたような気がしたんですよ」
グレッグはその時のことを振り返って言う。
グレッグはその日を境に変わった。真面目に勉強をはじめ、独学でプログラミングを憶え、派遣社員として何社かを転々とした後、冒頭にある通りフルーツのロゴの会社にやってきた。
が、努力は実らず、つまらない若かりし頃の犯罪歴のせいで、正社員への道は途絶えてしまった。
しかし彼はそんなことではめげなかった。
働きながらオンライン大学の授業を受講し、4年かかって卒業証書を手に入れた。
その頃、17歳の時の犯罪歴がようやく記録から抹消された。派遣社員として転々としていた彼は、再びフルーツのロゴの会社へやってきたのだ。
以前自分を正社員にしようとしてくれた上司はもう居なかった。その部署のトップは背の小さい日本人になっていて、職場の雰囲気も以前とはずいぶん変わっていた。果たして2度目のチャンスはあるのだろうか?
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その頃オレは、フルーツロゴの会社で、ちょっとばかり偉くなって40人ほどの部下の面倒を見る立場になった。
最近臨時採用した契約社員のグレッグは、目を見張るほど仕事が速い男だった。にこやかで腰が軽く、努力を惜しまない。そんな彼の真摯な姿勢に共感を憶えたし、その辺の正社員よりもよほど仕事ができた。
そんな折り、一名の退職者が出たので、グレッグを正社員にして穴埋めしようと考えた。
グレッグをオフィスに呼んで本人の意向を確認してみた。すると:
「松井さん、お言葉は嬉しいんですけど、俺、17歳の頃に犯したつまらない犯罪歴があるんで、多分正社員にはなれません。」
「えっ、そんでお前今歳いくつ?」
「25です。」
「じゃあもう消えてるじゃないの?」
「そうなんですけど確認しようもなくて。それに5年じゃなくて8年経たないと消えないと聞いたこともあるし…」
「まあまずは確認しようぜ」
「はい…。」
そんな会話があって、オレは人事部の友人に掛け合って、内密に彼の記録をチェックしてもらった。
すると、犯罪歴は抹消されていたのだ。
その2週間後、彼は正社員として仲間の一人に加わった。
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それから10年以上の月日が経ち、グレッグはフルーツのロゴの会社から検索会社に移り、そして今ではソーシャルネットワークの会社で働いてる。
オレは彼となんとなく馬が合い、時々一緒に酒を飲んだり飯を食ったりする。
留置所に迎えてきてくれなかった母、無くしてしまった父親のライターが彼の背中を押してくれた、と彼は言う。
今、思春期の子供を持ち、苦労している親御さんも多いだろう。
オレもそのうちの一人で、色々と手を焼いている。
グレッグは稀な例なのかもしれない。
でもグレッグは確かにいて、そして今日もくったくなく笑い、激しく仕事をし、仕事の合間にトライアスロンやスノボに明け暮れている。
躓いてきた男のほうが、むしろ魅力があるのかもしれない。
彼を笑顔を見ていると。いつもそんな気がする。
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