Profile
- 松井博
- Brighture English Academy 代表。趣味はウクレレとかハイキングとかDIYとか旅行などなど。在米20年。シリコンバレーに住みつつ、日本とアメリカとフィリピンで会社経営しています。最近は英語教育がライフワークになりつつある。
2012年9月25日火曜日
子供という名の装飾品
子供は親のアクセサリー??
子供って親のアクセサリーなんじゃないか?って思うことがあります。
僕らが生まれた頃から、子供は自然と出来てしまうものから、計画的に作るものに変わったように思うんです。
で、なんのために作るのか、っていうと「幸せな家族」というフィクションを演じるためです。
どっかのホームドラマみたいに、働き者だけどおっちょこちょいのお父さん、そんなお父さんをやさしく見守るお母さん、真面目で勉強の出来るお兄ちゃん、おしゃまな妹、そしてお調子者の末っ子、みたいな。
そしてそんな役柄をみんなで一生懸命演じるんです。
引き立て役としての子供
わざわざ計画して作る子供ですから、自分の役を引き立ててくれなくちゃ困ります。
昔みたいに偶発的に出来ちゃった子が、しかも沢山いるならまあ一人くらい鼻水垂らして走り回っててもいいでしょう。でもこの時代は子供って限りなく親の装飾品じゃないでしょうか?
せっかく計画して作って、その物語を維持するために汗水垂らして働いているのに、子供がこ汚くて、鼻水たらしてて勉強もできず、ケンカばかりなんていうのじゃ装飾品になりません。
お母さんもお母さんなりに演じたい役があります。いくつになっても素敵なママ。物わかりが良くて、やさしくて、子供が間違いを犯すとやさしく諭してくれます。
まあお父さんとお母さんはこれを意図してやるんですからまあいいでしょう。
でも子供は親を選べませんから、なんか自分のキャラに会わない役柄を押し付けれられたりすると大変です。
オマケに妙に気合いの入った名前とか、あるいはヘンなDQNネーム付けられたりね。
そしてミキハウスかなんかの服を着せられてね。連れて歩くと可愛い子をやらされたりします。
旅行に行けば写真やビデオを撮られ、なんでもかんでもフェイスブックやらブログやらにアップです。
端的に言ってしまえば、プードルとかそういう愛玩犬とさほど変わらないような気がします。
その役は合っているのだろうか?
役柄と地のキャラが合う子はいいんです。でも、なかなか両親が望む役柄は演じきれません。
だから、段々と子供に自我が芽生えるとなかなか思い通りの家族ドラマになってくれません。
自分の子供の時を振り返ってもね、なまじ高学歴で裕福な家に生まれたから、そういう期待値に沿って生きるの、けっこう大変でした。今でもちょっと失敗すると、なんだかシナリオを演じ切れてなくて申し訳ない気がしたりします。
私も90年代に2人の子供の父になりましたが、子供にそういう装飾品的な役割を期待していなかったか?と聞かれると否定しずらい部分もあります。
別にプランド品も着せなかったですし、DQNネームを付けませんでしたが、「そこそこ人並みに」という逆にかえって演じにくい役柄を期待してしまったような気がします。
人によってはいい高校、いい大学、いい就職先と色々期待するものもあるでしょう。しかし子供がそういう道を歩みたいかどうかは何とも言えないものです。
フィクションという自覚
ただ、子供に何も期待せずに育てる、というのも実際問題として難しいでしょう。
だから何だって期待してもいいような気もしますし、適度にフィクションの役側を押し付けることも、まあいいんじゃないかな?って思っています。
ただ、「これはフィクションなんだ!」っていう自覚が親側に必要なんだと思います。そうすればね、そのフィクション通りにならなくても別にそんなにショックも受けないでしょう。
そして健気にフィクションを演じてくれる子供がいとおしく思えたりします。
私はこれから子供の学費がかかる時期ですが、家族という物語の仕上げ編なのでしょう。
まあせいぜい一生懸命お金を稼いで、これまで役柄を演じてくれた子ども達に恩返しをしたいと思います。
応援よろしく!→
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿