2017年7月30日日曜日

どんな人生でも、それなりに色々ある

僕が就職したのは、もう28年も前の1989年のことだ。

高校の頃は卒業を危ぶまれるほどの劣等生だったので、親は僕の大学卒業と就職をそれはそれは喜んでくれた。初月給で家族を外食に連れて行ったら、母親が感激して家族がオーダーしたどうってことないスパゲティやハンバークの写真を1枚ずつ撮ってくれたっけ。やっと少しだけ親孝行ができたような気がして、嬉しくもあり、誇らしくもあった。

でも、両親がそんなにも喜んでくれた一部上場企業の就職先に、僕はどうしてもうまく馴染めなかった。親の期待を裏切った気がして心苦しかった。結局は投げ出すように辞めてしまったのだが、次の就職先がなかなか見つからず、なけなしの自尊心がズタズタになった。同時期に彼女に振られてしまい、眠れない日々を過ごした。

今思い出しても胸が苦しくなるような日々で、戻りたいとも思わない。

ボクたちはみんな大人になれなかった

燃え殻さんの「ボクたちはみんな大人になれなかった」を読んだら、そんなあの頃を思い出した。

僕は彼よりも8つほど年上なので、彼が小説の中に散りばめたディーテルは僕のリアルタイムの体験とは重ならない。それでも僕自身が社会で駆け出し、恋に落ち、そして少しずつ大人になっていったあの頃のことを鮮明に思い出させてくれる一冊だった。



自分なりに藻掻いていくしかない

自分を変えてしまうような出来事が、人生には何度か訪れる。若いうちはまだ人生に翻弄されるのに慣れていないから、後から考えてみればそれほど大した出来事でなくても、上手にやり過ごせずにひどく影響を受けてしまう。

そうした体験を繰り返しながら、僕らは少しずつ大人になってゆく。人生の8割くらいは単なる偶然に過ぎないのかもしれない。それでも僕らはその中で自分なりに藻掻いて人生を紡ぎ出していくしかないのだ。どうせ偶然が8割だからと投げ出してしまったら、どうせクソになるからと食べ物をトイレに流してしまうようなものだ。たとえ偶然に満ち満ちていようとも、いや、だからこそ一生懸命に生きていくしかないのだ。

達観なんてなかなかできない
この小説の主人公もまた、色々な偶然に翻弄されながらも彼なりに藻掻いて日々を生きている。成長して年齢相応の大人になった部分もあれば、過去の出来事にとらわれて足踏みを続けている若者のままの彼の姿もある。大人になったからといっても、何もかも達観できる訳ではないのだ。

そしてそんな描写が、生々しくもある。大人になりつつも足踏みを続ける主人公に、自分自身の姿を重ね合せる読者も多いだろう。かといって中年じゃないと楽しめない小説ではない。青春のそのほろ苦さは、きっと20代が読んでも共感できる部分が多いんじゃないだろうか?

「この本はこうだったよ」というふうにわかりやすく言い切りにくい本なのだけれど、どうしてなかなか良い一冊でした。燃え殻さんの文章も巧みで、スッと読まされます。

オススメします。






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