今話題の「ノマドと社畜」。共感するところが多い本でした。献本御礼申し上げます。
この本の言わんとするところを煎じ詰めて言えば、「ノマドって楽じゃないよ」というところです。ノマドも社畜も両方体験した私としては、まあどっちもどっちと言うか、「ラクな世界」なんかどこにもないんだよな。というのが実感ですが。
この本を読んで私がまず思い出したのが社畜時代の閉塞感。10年も20年後も同じことの繰り返し難じゃないか……という「終わりなき日常」感覚。満員電車、会社の狭い寮、社食や寮のマズい飯、習慣化している残業。連休はゴールデンウィークとお盆とお正月に一斉にあるだけなので、出掛けたくても一番高くて一番混んでいる時しか出掛けられず。
とはいえ社畜って、ある意味本当に楽です。未来のことをほとんど考えなくていいという楽さ。それと引き換えに「魂の自由」を差し出さなければなりませんが、他の人と同じように振る舞うのが別段苦でない方には、こんなにラクな環境はないかもしれません。ある種「悟って」しまえばけっこう素敵な環境です。仕事だって意外なくらい面白い部分もあったり。私はノートパソコンの開発をしていましたが、これはこれで非常に面白い仕事でした。
でも私は「魂の自由」とやらが得たくて飛び出してしまいました。そして閉塞感の代わりに不安感を得ました。まずは派遣社員。「終わりなき日常」は確かになくなったけれど、今度は「契約が終ってしまうかもしれない不安感」とのお付き合い。3ヶ月ごとに契約が更新されるかとヤキモキ。世の中は不況まっただ中。社畜時代よりも金回りは良かったけれど、「このままだと先はないな」と実感できたのが大きな収穫でした。
その後は「外資系正社員」→「シリコンバレーの現地採用社員」→「脱サラ」と就労形態を変えるいくのだけれど、変える度に「魂の自由」が増え、「未来の安定」が損なわれ、そして自分のアタマで考えてどうにかして行かなければならないことがドンドンと増えていきました。自分にとってはそれはとっても心地よいことだったけれど、社畜生活がシックリ来る人には堪え難い生活かもしれません。
そして自営へ。今までの就労形態でもっとも自由度が高いけれども、要するに個人商店でから何から何まで自分で考えて自分でしなければならない。日銭をキチンと稼ぐことやお客さんと面と面で向き合うこと、信頼関係を築くことの大切さ。今までは会社任せだったモロモロの手続き。人を雇う難しさ。明日が分からない生活。「いつ終るかも知れない日常」はけっこうスリル満点です。
さて前置きが長くなりました。「ノマドと社畜」のなかで一番共感したのは、
一方ノマドは、実質「一人親方」の屋台ですから、すべての経費は自己負担です。事務処理はすべて自分でこなさねばならず、屋台状態ですから営業できなくなればその日から有給休暇も病欠もありません。また、雇われているわけではありませんので、「労働者」としての権利はありません。仕事の成果も収益もすべて自己責任です。文句をいう相手はいないのです。
という一節です。
「ノマド」なんていうと聞こえがいいけれど、要するにノマドって自分商店であることをキチンと理解させてくれる一冊です。屋台を引くのと同じです。そういう覚悟がなければノマドなんてやらない方が幸せです。でもその覚悟があるなら充実した働き方でもあります。
「ノマド」と「社畜」って「安定なき自由」と「束縛された安定」のどちらを取るのか? というそういう選択です。いい悪いじゃなくて、どちらが自分に向いているのかというお話。
是非ご一読を。おすすめの一冊です。
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1 件のコメント:
初めてコメントをさせて頂きます。
この本の購入を考えていたところ、こちらの記事にたどり着きました。
「屋台を引く」という表現は非常にわかりやすく、とても参考になりました。
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